シュティルナー『唯一者とその所有』書評

知る人ぞ知るアナーキズムの名著マックス・シュティルナー『唯一者とその所有』の書評めいた何かです。『週刊 読書人』2014年1月24日号に掲載された際の原稿が発掘されたのでこちらにも再掲。


『唯一者とその所有 上・下』M.シュティルナー 片岡啓治訳 現代思潮社 一九六八年

『唯一者とその所有』書影
 かのマルクスが『ドイツ・イデオロギー』のかなりの頁を批判のために費やした,ヘーゲル左派思想圏の問題作。日本へはダダイストの辻潤により『自我経』と題して紹介され,アナキズムへも多大な影響を及ぼした。
「私にとって,私を超えでる何ものもない」と高らかに宣言し,国家も社会も「幽霊」に過ぎぬと喝破する。他の何にも代えがたい「唯一者」としての個人が己自身の力と自由を手にすることを求める彼の姿は,潔癖なまでのエゴイストと呼ぶべきだろう。
 しかし,ここから拓けてくるのは弱肉強食の絶えざる戦争の世界では決してない。老人や病人,子どもの弱さすら,それが他人をして彼らのために行動せしめるがゆえに「力」のひとつだと捉えなおす「共感」の論理に基づいた力の概念は,ニーチェの先駆どころか遙かに広い射程を秘めている。「愛するものの額による苦しげなしわを見るにしのびないので,そのゆえに,だから私のために,私は口づけをしてそのしわを消すのだ」という唯一者の愛は,粗削りだが,それだけ一層魅力的である。
「われわれの弱さは,われわれが他者にたいして対立の関係にある点に存するのではなく,われわれが完全に対立しないこと」にあるとするシュティルナーの思想は,個人を未だかつてないほどに圧殺しようとする今日においてこそふたたび読まれるべきものだろう。


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